固体NMRは、生理活性を保持したまま結晶化することが容易でないタンパク質およびその他の生体分子に対して、X線結晶構造回折に代わる方法として期待されています。生物学的に重要な構造および機能を達成するために脂質二重層を必要とする場合が多い膜内在性タンパク質の原子レベルの構造の決定は、近年急速に成長している固体NMRの有望なアプリケーションです[1]。しかし、これまでに膜タンパク質構造はタンパク質構造データバンク(PDB:http://www.rcsb.org/pdb) にあまり収録されておらず、現有の約12万の構造のうちの1%にすぎません[2]。これは、細胞認識/シグナル伝達からチャネルやトランスポーターに至る生物学の分野で膜タンパク質が様々な機能的役割を果たしている点を考慮すると非常に意外なことです。高品質の膜タンパク質構造の欠乏の主な理由は、生物学的に意味のある条件下での試料の調製が困難であることと、得られる複雑な混合物で十分なNMR感度またはS/N比を得ることが困難であることです。
固体NMR試料にビラジカルを添加してこれらのラジカルに対応する電子スピン共鳴(ESR)周波数で照射を行えば、動的核分極(DNP)によって試料の核スピンよりはるかに大きな電子分極の移動が可能になり、それによってNMRの感度が大幅に向上します。DNPが登場して以来、この方法により様々なタイプの生体試料で感度の劇的な向上が達成されてきました。しかし、最近まで膜内のペプチドおよびタンパク質に対するDNP増強係数は非常に小さく、数値に大きな変動がありました。従来の遠心分離ベースの方法の代わりにDNPビラジカルを膜試料に添加する直接滴定法を採用することによって、Liao氏のチームは、A型インフルエンザウイルスのエンベロープ内のプロトン選択的イオンチャネルであるM2の膜貫通領域(M2TM)でDNP増強の著しい向上を実現させました。増強係数は約100であり、室温での固体NMRと比較して絶対感度が約160倍に上昇したことによって膜タンパク質試料のDNP性能が他の生体試料と同レベルになりました。さらに、膜内のペプチドはDNP13C線幅が1.0 ppm程度と狭く、高温でのDNPなしでの数値と比較してわずかに拡大するにすぎないことがわかりました。この研究では、今後の膜DNP実験にとって重要な知見も数多く報告されています。
脂質信号の常磁性緩和促進測定によって、AMUPolおよびTOTAPOLの膜挿入深度も測定できます。両ビラジカルは膜表面および表面下約10 Åに二峰性の分布を示し、TOTAPOLはAMUPolより膜内に多く分布しており、試料のさらなる最適化の手がかりが得られました。増強係数の向上および優れた分解能によって、DNP-NMRは膜タンパク質構造生物学の急速な進歩を促進させることが大いに期待されます。
全文引用:
Liao, S. Y.; Lee, M.; Wang, T.; Sergeyev, I. V.; Hong, M. Efficient DNP NMR Of Membrane Proteins: Sample Preparation Protocols, Sensitivity, and Radical Location. J Biomol NMR. 2016, 64(3), 223–237.
[1] Hong, M.; Zhang, Y.; Hu, F. (2012) Annu. Rev. Phys. Chem. 63: 1-24
[2] White, S. Membrane proteins of known 3D structure. http://blanco.biomol.uci.edu/mpstruc/; accessed October 24, 2016.
Liao, S. Y.; Lee, M.; Wang, T.; Sergeyev, I. V.; Hong, M. Efficient DNP NMR Of Membrane Proteins: Sample Preparation Protocols, Sensitivity, and Radical Location. J Biomol NMR. 2016, 64(3), 223–237.
[1] Hong, M.; Zhang, Y.; Hu, F. (2012) Annu. Rev. Phys. Chem. 63: 1-24
[2] White, S. Membrane proteins of known 3D structure. http://blanco.biomol.uci.edu/mpstruc/; accessed October 24, 2016.