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NMRDNP-NMR について
動的核分極 (DNP) は、NMR 測定の感度を高めるために使用する手法です。 サンプル内の高分極の電子スピンから核スピンへの分極移動によってNMR シグナル強度の大幅な増大がもたらされます。
DNP の基本原理は、安定したラジカルまたは常磁性分子に存在する不対電子スピンを利用して、それらの分極をその近くにいる原子核に移動させるというものです。 このプロセスは、強磁場、低温、マイクロ波照射の組み合わせによって生じます。
対象サンプルは通常、ラジカルとサンプルをガラス質の溶媒に混ぜ合わせて調製します。ラジカルの不対電子は分極源であり、所定の磁場、温度では 1H 核の 660 倍以上が分極しています。DNP では、通常、サンプルはNMR 分光計内で約 100 K に冷却されます。この低い温度により、ラジカル源の分極が増大されるとともにスピン緩和プロセスが抑制され、生体分子や医薬品での観測対象となるさまざまな核 (1H, 13C, 15N, 31P, 19F, など), や材料アプリケーションで一般的な多くの核に磁化移動される際に、分極が保持されます。
次に、特定の周波数のマイクロ波がサンプルに照射されます(例:400 MHz の NMR 分光計の場合 263 GHz)。これにより、相互作用している電子-核スピン間の遷移が起こり、核スピン分極の蓄積が生じます。これは DNP の基本的なプロセスであり、DNPはNMR と EPR(電子常磁性共鳴)を組み合わせた実験と考えることができます。電子から核への分極移動を実現するには、オーバーハウザー効果 (OE)、固体効果 (SE)、交差効果 (CE) など、さまざまなメカニズムを利用することが可能であり、どれを使うかは利用可能な電子スピンの特性と、磁場やマイクロ波の周波数の微調整に依存します。
その結果、NMR シグナル強度が、同じ温度で のDNP なしの実験よりも最大200 倍程大きくなります(さらにうまくいけば 200 倍以上、理想的には 660 倍になります)。感度の制約があるアプリケーションにおいて、このようなシグナルの増大は、通常の測定と比較して、2002 = 40,000-倍の時間節約という驚異的な効果があります。
このような劇的な感度の増大により、細胞内での分子相互作用の解析から、医薬品の複雑なナノスケールでのデリバリーシステム内での局在、最先端のバッテリー材料の埋め込み界面 (buried interfaces)の調査に至るまで、これまで不可能であったサンプルの研究が可能になります。
DNP-NMR のフライヤーをダウンロード:
ジャイロトロンマイクロ波源を備えたBruker DNP システムの概略図を図 1 に、クライストロンマイクロ波源を備えたBruker DNP システムの概略図を図 2 に示します。
Brukerの DNP-NMR 分光計
Brukerの DNP 分光計は、最新世代の AVANCE NMR コンソールと NMR の磁石、マイクロ波源、特殊な DNP プローブ、低温 MAS (LT-MAS) 冷却システムで構成されています。
Brukerの Wide-Bore DNP プローブ
Bruker DNP-NMR (wide-bore (WM, 89 mm)magents プローブの上部を図 4 と図 5 に示します。 マイクロ波をサンプルに効率的に作用させるには、ローターが回転する MAS ステータのそばにあるミラーとランチャーが役立ちます。これらにより、ビームの焦点と反射が制御され、 DNP 実験が容易になります。革新的なローター・インサート/イジェクト機構も図 4 の左上に示します。これらの最適化は、ローター径が小さいプローブで特に重要です。ビームサイズがローターの断面に正確にマッチングされる特別な設計により、市販のどのシステムでも最高の DNPによる感度 増強が得られます。さらに、DNP-NMR プローブは、通常 95 ~ 100 K の低温で実験中を維持することができ、最高速回転でマイクロ波全出力という最も困難な条件下でさえもそのずれを5 ~10 K 以内に維持することができます。
Brukerが提供する LT-MAS DNP プローブは、生体分子アプリケーション、低分子アプリケーション、材料アプリケーションといった広範囲にわたるニーズに合わせてカスタマイズされています。対応するローター径および低温での回転速度を下表に示します。 低温 でのMAS では、室温での MAS と比較して、通常、回転速度が低下するものの、良好な分解能が得られます。
DNP Probe / Rotor Diameter (Wide Bore) | Maximum Spinning Speed |
3.2 mm | 15 kHz* @ 100 K |
1.9 mm | 24 kHz @ 100 K |
1.3 mm | 40 kHz @ 100 K |
0.7 mm | 65 kHz @ 100 K |
* For best DNP at 3.2 mm diameter, sapphire rotors with 12 kHz max. spinning rate are recommended over those from ZrO3, which may be spun up to 15 kHz. |
エアの温度制御は、Brukerの LT-MAS キャビネットによって行われます。MAS のドライブ (1)、ベアリング (2)、および VT(可変温度)(3) の冷媒で冷却された 3 種類のガスチャンネルが供給されます。 Brukerの LT-MAS キャビネットは、MAS コントロールユニットとシームレスで結合し、固体 NMR に十分な操作上の利便性と信頼性を与えます。LT-MAS キャビネットのコントロールも TopSpin NMR ソフトウェアに完全に統合されており、リモートアクセスやその他の機能も利用できます。
DNP-NMR システムで使用する NMR プローブは通常、三重共鳴 (H/X/Y) であり、さまざまな X/Y 構成を設定して広範囲の核に対応することができます。 ご要望があれば、非標準プローブを提供することも可能であり、例えば、フッ素のチューニングが可能なプロトンチャンネル (H-F/X/Y) を備えた特別な構成を提供することが可能で、それは医薬品化合物、生体化合物、材料化合物中の 19F を扱う最新のアプリケーションに対応できます。特殊な構成の別の例として、H/X(例:H-F/X)の2 chプローブも提供することができます。この場合、この二重共鳴プローブには、材料研究における強力なツールである低ガンマ核(NMR 周波数が 15N の周波数より低い)をターゲットにする X チャンネルを備えています。 Brukerは、Static(非回転)測定のリクエストに応じたさまざまなオプションも提供しており、これらは生体分子の配向結晶、ポリマー、バッテリー材料などの研究に適用されています。
マイクロ波源
Brukerのマイクロ波源は、DNP のキーとなる技術です。これらのマイクロ波源は、再現性のある DNP 感度増強に必要な、周波数と出力の優れた安定性をもたらします。TNMR とマイクロ波の周波数は、プロトンと電子のスピンのそれぞれの磁気回転比で関連付けられます。下表に、ジャイロトロン(400 ~ 900 MHz)とクライストロン(263 GHz/400 MHz のみ)用のBrukerの DNP-NMR 製品ライン全体にわたる対応状況を示します。
Datasheets:
NMR Frequency | Microwave Frequency | Microwave Source |
400 MHz | 263 GHz | Klystron or 4.8 T Gyrotron |
600 MHz | 395 GHz | 7.2 T Gyrotron |
800 MHz | 527 GHz | 9.7 T Gyrotron |
900 MHz | 593 GHz | 10.9 T Gyrotron |
クライストロンは、400 MHz 対応で、用途が広く、信頼性が高く、コストに優れた選択肢です。図 2 に示すように、クライストロンはジャイロトロンに比べて設置面積がはるかに小さくてすみます。ジャイロトロンは独自の超伝導磁石が必要であり、この磁石を介して真空での電子ビームが加速され、ビーム内の電子のサイクロトロン共鳴の倍数の周波数のマイクロ波出力が得られます。
クライストロンも真空での電子ビームを利用しますが、対照的に、空洞のラダーとビームの相互作用によってマイクロ波が生成します。ラダーの段は目的のマイクロ波出力の波長間隔の割合で配置されています。 この微細な内部構造のおかげで、クライストロンの出力は 263 GHz で 5 W 程度に制限され、実際、より高い周波数への照射を防いでいます。それでも 400 MHz の NMR の場合、出力 5 W での DNP 感度増強は、ジャイロトロンの全出力(10 W 超)を使用して得られる値の 70% を超えるオーダーに達します。ローター径が 3.2 mm 以下のプローブではさらに大きな割合になります。図 5 に、400 MHz の NMR 磁石の下側にコンパクトに取り付けられたBruker 263 GHz クライストロンを示します。
前述のとおり、400 ~ 900 MHz のBrukerジャイロトロンは、DNP の利点を最大限に引き出すのに必要なフルパワーを提供します。 当社の製品ラインナップの全周波数範囲(263 ~ 593 GHz)において、電子/磁場相互作用(サイクロトロン共鳴)の高い信頼性を享受することができます。これには、ジャイロトロン磁石の磁場(4.5 ~ 10.9 T)が周波数に応じてリニアに変化することが必要です。重要なのは、ジャイロトロンの磁場は、ターゲットの NMR の磁場の約半分であることです。これは、サイクロトロン周波数のほぼ 2 倍の 2次高調波マイクロ波生成を利用する最先端のジャイロトロン設計によるものです。これにより、通常必要とされるよりもはるかにコンパクトな磁石が得られます。Brukerの冷媒を使用しないジャイロトロン磁石の設計には、交換間隔が 8 年ですむパルスチューブクーラーが採用されており、液体冷媒が不要になっています。
DNP-NMR 用分極剤
JBrukerが DNP 装置の提供を継続的に改善、拡張しているのと同様に、ユーザーコミュニティも、分極剤から得られるメリットを高めるためにラジカル化学に熱心に取り組んできました。 ラジカルは、マイクロ波および磁場と相互作用してその強いスピン分極を弱く分極した核スピンに移す電子スピンを提供し、超高感度 NMR を可能にします。ただし、DNP プロセスの質は、ラジカルの化学構造と環境条件の両方によってさまざまに異なります。
初期の DNP では、OE DNP または SE DNP に適した単一のラジカル電子を持つ分子が使われていました。その後、市販の安定したバイラジカルが水系 (AMUpol) と有機系 (TEKpol) の両方のアプリケーションで広く使用されるようになりました。バイラジカル分子内の空間的に分離されているが磁気的に相互作用している 2 つの電子により、より新しい DNP 機構であるクロスイフェクト (CE) が可能になり、多くのアプリケーションで感度が大幅に向上しました。AMUpol や TEKpol などの二窒素酸化物は、400 MHz の DNP で驚異的な感度増強をもたらしましたが、図 6 に示すように、600、800、900 MHz の NMR での DNPにおいてはその性能は徐々に低下しています。
化学のイノベーションにより、HyTEK2、cAsymPolPOK、TEMPtriPOL などの「混合」バイラジカルを含む次世代のラジカルが生まれました。これらのラジカルには、狭い EPR スペクトルと広い EPR スペクトルを示すラジカルがそれぞれ 1 つずつ含まれます。
ラジカルおよびサンプルの質の評価
Brukerの便利でコンパクトな ESR5000 ベンチトップ型 EPR 分光計は、すべての DNP ラボに有益であるかもしれません。この分光計は、特にラジカル濃度の定量評価において、DNP-NMR システムに最適なツールです。「SpinCount」法は、ESR5000 でプロセスが自動化されており、サンプル調製後の DNP の性能を迅速に予測することができます。また、古いサンプルのラジカル分解を評価する場合や、還元環境で使用する場合(例:細胞内 DNP)にも有用です。SpinCount は、材料にも溶媒和したサンプル(水系または有機系)にも適用可能で、溶液やサンプルの最終形態詳細はここに記載しています。
ESR5000 は、高度なスペクトル取り込みを補足するための、分析およびシミュレーションツールが充実した、完璧な X バンド分光計でもあります。電子スピン緩和、電子間双極子相互作用、および EPR 遷移の出力依存飽和の評価はすべて、DNP の性能の高度な予測要素です。さらに、低温アクセサリーにより 77 K から室温までの測定が可能となり、DNP NMR の条件の大部分がカバーされます。一般のユーザーから上級の分極剤開発者まで、あらゆる DNP ラボは、ESR5000 の汎用性、信頼性、利便性から大きなメリットを得られるでしょう。
高分解能および DNP の感度増強により最先端の生体分子アプリケーションが可能になります。
高度な DNP 装置と新型の分極剤により、アルツハイマー病の発症に関与するタンパク質フラグメントである A(アミロイド)β1-42 の解析のような最先端のアプリケーションが可能になります。DNP で感度増強された 13C-13C 相関スペクトルにより、タンパク質分子内の構造的な相互作用が明らかになります。
右上の挿入図には、22 倍の DNP 感度増強が得られています。これがなければ、この 2D 結果を得るための必要な数時間は 500 倍 (222)となり、全く非現実的な長い時間がかかる実験になります。完全にプロトン化された(2Hや19F化されていない)タンパク質など、多くの難しい要因があるにもかかわらず、すばらしい分解能が得られていること(中央の挿入図)に注目してください。
DNP と高速 MAS による優れた感度と分解能の実現
高速 MAS(例えば、60 kHz 超の回転速度)は、固体 NMR で最高のスペクトル分解能を提供し、1H検出スペクトルの強力な実現手段として知られます。1H検出では、13Cよりもかなり高い感度が得られます。1H 検出ですでに感度のメリット得られているのをさらにDNP によって 200 倍超の感度増強が得られた例を示します。これにより、サンプル中の 13C のレベルが天然の存在量 (1.1%) のレベルに過ぎないにもかかわらず、2D相関による精緻な調査が可能になりました。このことは、多くの医薬品化合物や天然抽出物の研究のような、均一状態な濃縮が現実的でない、多くの実験に DNP を使用できることを示しています。
この例では、高磁場で優れた DNP の性能を発揮させる分極剤として HyTEK2 の重要性も実証されています。現在世界で設置されている最高磁場の DNP システムである 900 MHz 1Hでこの結果が得られました。
DNP と材料科学
埋めこみ界面 (buried inerfaces)、ナノスケールのサブ・ストラクチャー、また、サンプル中の希薄な分子は、次世代製品に必要な改良点を明らかにするために、また、現代の材料の機能や不具合の謎めいた原因を解明するための代表的なターゲットです。DNP NMR により、固体 NMR の物理化学的分解能と DNP によって得られる感度向上を組み合わせることで、通常はバルク成分のバックグラウンドに埋もれてしまう微細な内部特性を明らかにする窓が開かれます。
重要な例として、バッテリーの研究が挙げられます。たとえば、樹状構造 (dendritic structures)はバッテリーの性能を大きく損なう可能性があります。金属リチウムの DNP NMR は、樹状突起の形成をより深く理解するのに役立ちます。図 13 は、DNP あり/なしでの金属リチウムの DNP スペクトルの例です。7Lii NMR の検出感度が 60 倍高まっています。このことは、正極と負極の間の固体電解質界面のさまざまな成分のNMR が可能になることを意味します。DNP で感度増強されたリチウムのシグナルを観察することで、バッテリー内の樹状突起やその他の特徴を直接観察することができます。さらに、リチウムのスピン分極を他の核(例:1H, 13C 19F)に移動させる多核実験は、固体電解質界面内で樹状突起の形成を防ぐ低分子添加剤を明らかにするのに使用されてきました。
Product | Available Frequencies | Product Code |
Triple Resonance X/Y/H 3.2 mm DNP Probe | 400, 600 and 800 MHz (WB) | PH2747_NCH_G |
Triple Resonance X/Y/H 1.9 mm DNP Probe |
400, 600 and 800 MHz (WB) | PH2785_NCH_G |
Triple Resonance X/Y/H 1.3 mm DNP Probe | 400, 600 and 800 MHz (WB) | PH2797_NCH_G |
DNP Equipment with Water-Cooled Gyrotron | 400, 600 and 800 MHz | BH4000W-400 / -600 / -800 |
DNP Klystron Assembly | 400 MHz | BH4100 |
LTMAS Cabinet | N/A |
PH2700_01 |
Non-standard equipment, e.g. probes for smaller rotor diameters or for a special tuning range (such as low-gamma), is available on request. |