アプリケーションノート -  磁気共鳴

ナノ構造体や不均一系触媒反応の測定に役立つDNP-NMR

ミクロポーラス固体やメソポーラス固体、ナノ粒子などのナノ構造体は、触媒やエネルギー、また薬物伝送など様々な分野で利用されています。

ミクロポーラス固体やメソポーラス固体、ナノ粒子などのナノ構造体は、触媒やエネルギー、また薬物伝送など様々な分野で利用されています。欧州委員会が2012年に算出したナノ材料の世界市場は、110億トン、市価200億ユーロにのぼっています。特に、世界中であらゆる化学プロセスの90%にも使われている不均一系触媒は、そのほとんどがナノ構造体を含んでいます。

このようなナノ構造体の構造と特性の関係を決定して、CO2捕捉やエネルギー貯蔵、水素製造、医用画像など広範な用途の新材料を合理的に開発するには、原子スケールの構造把握が不可欠です。

固体NMRは、局所の原子スケール情報を非破壊的に示せるので、ナノ構造体の構造特性評価にとって強力な分析法です。

とはいえ、本質的に核スピンのわずかな磁気モーメントがNMRの感度を下げるということは、磁気回転比の小さい界面や表面、欠陥、また感度の低い同位体や天然存在量が少ない同位体(13C, 29Si, 17O…)のNMR観測にとって、大きな制約です。

UCCS Institute(Univ. Lille-CNRS)のOlivier Lafon教授らは、動的核分極法(DNP)が、ナノ構造体に対するNMR実験の感度をいかに増強し、その特性評価に新たな機会をもたらすかを示しました。

DNP法では、ESR周波数に近いマイクロ波照射を使って、不対電子の大きい分極を周辺の核に移動させます。この方法によって、取り込み回数を4~5桁減らすことができます。これと同時に、強い磁場(最大18.8 T)で、マジック角回転(MAS)を併用してDNP実験を実行できるので、高分解能のNMRスペクトルを得ることができます。増強された分極法と高度な多次元NMR実験を組み合わせて、相乗的に活用することが可能です。

UCCSチームは広範なナノ構造体の特性評価にDNPを用いてきました。そのようなナノ構造体の一例として、メソポーラスシリカ1、メソポーラスアルミナ、金属有機構造体2、多様なナノ粒子3,4があります。

UCCSの研究者は、窒化繊維状シリカ(KCC-1)ナノ触媒の触媒活性について新たな洞察を得るために、Geoffrey Bodenhausen氏のグループと協力しDNPを用いてきました。その知見はAngew. Chem. Int. Ed.4に発表されました。観測対象の窒化KCC-1ナノ粒子は、CO2捕捉と固体塩基触媒に関して優れた活性を示しています。

窒化温度が高いほど酸窒化ケイ素の窒素含有量が高くなりますが、逆説的にその触媒活性は低下します。この特性は、N2収着やTEM、SEM、XPS、FT-IR等々を用いた徹底的な特性評価にもかかわらず、これまで説明されてこなかったことです。また、従来のNMR法を用いた研究では、窒化メソポーラスシリカのシリルアミン部位を同定できませんでした。

Lafon氏らは、15Nの天然存在量が希少(0.37%)で、かつこの同位体の磁気回転比が小さいにもかかわらず、DNPでの感度向上によって、窒化KCC-1ナノ粒子の表面で15N部位を初めて観察することができました。

15NのこれらのDNP-NMR実験によって初めて、窒素含有量を高めた際の窒化KCC-1の触媒活性の低下を説明できるようになりました。この現象は、シリルアミン部位が、800°C以上の窒化温度で最初の部位から第二の部位に変わるために生じます。

構造の特性評価のみならず、ナノ構造体のDNP-NMRも、DNP現象を理解するための有益な手法となりました。UCCSの研究者は、DNPの直接励起によって不対電子近傍の核のシグナルが増強されること、一方でDNPによって増強した、プロトンからの交差分極において、1Hスピン拡散により試料内で分極が分布する1,3ことを示しました。

またLafon氏とその協力者らは、内在性の常磁性中心があるナノ構造体の分極の漏れはDNPの移動に寄与しないことを報告しています3。 このような常磁性の欠陥は、周囲の核分極の熱平衡状態を促進するので、DNPの移動効率を低下させます。

近い将来、DNP装置(高磁場、低温プローブ、コヒーレントマイクロ波等)や分極剤、また試料調製の進展によって、NMRの感度やナノ構造体の特性評価が新たな局面に入ることが予期されます。

参考文献:

(1)    Lafon, O.; Rosay, M.; Aussenac, F.; Lu, X.; Trébosc, J.; Cristini, O.; Kinowski, C.; Touati, N.; Vezin, H.; Amoureux, J.-P. Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50 (36), 8367–8370.

(2)    Pourpoint, F.; Thankamony, A. S. L.; Volkringer, C.; Loiseau, T.; Trébosc, J.; Aussenac, F.; Carnevale, D.; Bodenhausen, G.; Vezin, H.; Lafon, O.; Amoureux, J.-P. Chem Commun 2014, 50 (8), 933–935.

(3)    Lafon, O.; Thankamony, A. S. L.; Rosay, M.; Aussenac, F.; Lu, X.; Trébosc, J.; Bout-Roumazeilles, V.; Vezin, H.; Amoureux, J.-P. Chem. Commun. 2013, 49 (28), 2864–2866.

(4)    Lilly Thankamony, A. S.; Lion, C.; Pourpoint, F.; Singh, B.; Perez Linde, A. J.; Carnevale, D.; Bodenhausen, G.; Vezin, H.; Lafon, O.; Polshettiwar, V. Angew. Chem. 2015, 127 (7), 2218–2221. 

References:

(1)    Lafon, O.; Rosay, M.; Aussenac, F.; Lu, X.; Trébosc, J.; Cristini, O.; Kinowski, C.; Touati, N.; Vezin, H.; Amoureux, J.-P. Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50 (36), 8367–8370.

(2)    Pourpoint, F.; Thankamony, A. S. L.; Volkringer, C.; Loiseau, T.; Trébosc, J.; Aussenac, F.; Carnevale, D.; Bodenhausen, G.; Vezin, H.; Lafon, O.; Amoureux, J.-P. Chem Commun 2014, 50 (8), 933–935.

(3)    Lafon, O.; Thankamony, A. S. L.; Rosay, M.; Aussenac, F.; Lu, X.; Trébosc, J.; Bout-Roumazeilles, V.; Vezin, H.; Amoureux, J.-P. Chem. Commun. 2013, 49 (28), 2864–2866.

(4)    Lilly Thankamony, A. S.; Lion, C.; Pourpoint, F.; Singh, B.; Perez Linde, A. J.; Carnevale, D.; Bodenhausen, G.; Vezin, H.; Lafon, O.; Polshettiwar, V. Angew. Chem. 2015, 127 (7), 2218–2221.