今回の結果は、活性化合物のリン脂質誘導体は化合物そのものより細胞毒性が低いという我々の以前の観察所見を裏付けるものでした
非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)イブプロフェンとナプロキセンは、炎症を抑え、痛みを鎮めるのに広く使用されています。NSAIDとは、抗炎症作用、鎮痛作用と解熱作用を持つ多くの異質な化合物群の総称です。NSAIDのうちよく知られているイブプロフェンやナプロキセンは、2-アリールプロピオン酸誘導体です。
NSAIDは、酵素シクロオキシゲナーゼ-2(COX-2)を阻害することによって治療効果を発揮します。しかし、特異性を持たないため、類似酵素であるシクロオキシゲナーゼ-1(COX-1)もある程度阻害してしまいます。イブプロフェンやナプロキセンの胃腸に対する有害な副作用は、このCOX-1阻害によるものです。結果としてホメオスタシスが失われ、長期使用に伴って粘膜損傷とそれに続く出血や穿孔を引き起こします。
NSAIDは痛みや炎症を効果的に管理することができるので、NSAIDがもたらす有益な作用を諦めるのではなく、胃粘膜を保護する薬物とともに処方される傾向があります。それでも、胃腸毒性のリスクがなくなるわけではなく、副作用の少ない新世代のNSAIDを創り出す必要性は今なお残っています。実際に、求められる抗炎症作用を維持しながら毒性を低下させようとして、多くの新しいNSAID誘導体が創り出されています。
薬物の認容性を改善するのによく用いられるアプローチの一つが、毒性がなく生体適合性のあるリン脂質と薬物を併用することです。これまでの研究では、動物とヒト細胞において、NSAIDとホスファチジルコリンの混合物はNSAID単独で使用するより効果が高く、毒性が低いと報告されています。また、薬物にリン脂質を結合するとバイオアベイラビリティ(生物学的利用能)が高くなることも明らかにされています。
最新の研究では、イブプロフェンまたはナプロキセンに結合させた8種類のホスファチジルコリンの細胞傷害性が評価されました。ホスファチジルコリンとイブプロフェンは既に結合させたことがありましたが、今回の研究ではもっと簡素な合成経路で結合させています。高純度のsn-グリセロ-3-ホスホコリンとNSAIDを混合することにより、シングルステップでイブプロフェンまたはナプロキセンを含有するホスファチジルコリンを合成しています。
こうして合成された化合物の構造は、Bruker社製Avance II 600 MHz NMRにより確認されました。イブプロフェンとナプロキセンの特徴的な1Hと13CのNMRスペクトルが、イブプロフェン部分とナプロキセン部分の存在を示しました。
イブプロフェン、ナプロキセンとそのリン脂質誘導体の細胞傷害性は、WST-1細胞増殖アッセイを用いて検討されました。毒性作用は、ヒト前骨髄性白血病細胞株HL-60細胞とヒト結腸がん由来細胞株Caco-2細胞のほか、健常なブタ腸上皮IPEC-J2細胞を対象に検討されました。
イブプロフェン部分またはナプロキセン部分を含むホスファチジルコリンは、高収率、高純度で合成されました。
毒性試験により、検討した全ての細胞株で、sn-2位でNSAIDと結合したリン脂質は、NSAID単独投与より毒性が低いことが明らかになりました。ヒト白血病細胞株HL-60細胞の場合、イブプロフェンは濃度100 µMまで毒性を示しませんでした。イブプロフェンの2-リゾホスファチジルコリン誘導体は、濃度200 µMでも毒性を示しませんでした。これに対して、sn-1位とsn-2位の両方でNSAIDと結合したリン脂質は、イブプロフェン単独やナプロキセン単独より強い毒性を示しました。また、イブプロフェン・ホスファチジルコリン誘導体と比較すると、ナプロキセン単独より細胞毒性が著しく低いナプロキセン・ホスファチジルコリン誘導体は少ないことが分かりました(濃度200 µMまで無毒)。
著者らは、今回の研究が、活性化合物のリン脂質誘導体は純粋な化合物より細胞毒性が低いとする以前の観察所見を裏付けるものであったと結論付けました。さらに、著者らは、NSAIDの担体としてのリン脂質の有用性を検討する研究を今後実施することも示唆しています。
参考文献:
Kłobucki M, et al. Syntheses and cytotoxicity of phosphatidylcholines containing ibuprofen or naproxen moieties Scientific Reports. 2019;volume 9:article 220. https://www.nature.com/articles/s41598-018-36571-1#Sec6
Kłobucki M, et al. Syntheses and cytotoxicity of phosphatidylcholines containing ibuprofen or naproxen moieties Scientific Reports. 2019;volume 9:article 220. https://www.nature.com/articles/s41598-018-36571-1#Sec6