高エネルギーかつハイパワーな新しい充電式電池の開発における最大の課題は、多様な電池成分間の相互作用や寄生反応 (parasitic reaction) を制御することです。電池は電解質(溶液)で分けられた負極(-)と正極(+)からなります。リチウムイオン電池の場合は、リチウム塩が有機炭酸塩の混合液に溶解しています。通常、負極物質は、電解質の安定域の外で機能して電極表面の電解質を非可逆的に抑制し、被膜SEI(solid electrolyte interphase)を形成します[1]。ただし表面反応性はリチウム電池の正極側でも懸念材料であり、この点はリチウム-酸素システムなどの新しい電池化学でも同様です[2]。
SEIは、それが認識されてから40年以上にわたって研究されてきましたが、リチウムイオン電池の「最も重要だが全くよく分からない成分」[3] であるとみなされています。SEIによってリチウムイオン輸送の実現可能性と電極-電解質間の移動速度が決まるため、このことは重要です。SEIは、不均一な複合体(無機相と有機相からなる)とねじれた3Dナノメーター構造で構成されているため、特性評価が困難です。
NMRでは、SEIの詳細な化学物質と構造情報を示せる可能性があります。ただしNMRの感度は元来低く、高表面積電極や高磁場での研究には制約があるため、実用的とは言い切れない同位体濃縮法を使う必要があります。
この感度の限界を克服するために、Weizmann Institute of Scienceとケンブリッジ大学の研究者が、その研究に、動的核分極 (DNP)を採用しました。このチームは、『Journal of Physical Chemistry Letters』[4] の最近の号で、NMR測定の感度を増強するために、SEIを作る複雑な相の表面感度特性評価に、どのようにDNPと低温(LT)NMR分光計が使用できるかを紹介しました。
その手法を開発するために、正極材料として還元型酸化グラフェン(rGO)を使いました。これによって電解質が大きく抑えられます(リチウムイオン電池にあるrGO正極のセクションのサイクリング前後を図1a-bに示しています)。フランスのウィサンブールにあるブルカーの施設で実施したDNP実験から、rGOに形成されたSEIの検出感度が高まったことが分かりました。すなわち、環境同位体13Cのスペクトルが数時間で取り込まれて、SEIを作る有機相の詳細な指紋が示されたのです(図1c)。DNPがなければ、このような感度には同位体濃縮でしか接近できず、しかも信号の取り込みには1日以上かかります。
DNPで達した感度によって、スペクトルの決定や、SEI形成相についての構造的洞察に不可欠な、多次元的な実験に道が開かれます。また、同位体濃縮を使わないで特性評価ができるため、この実験法を、新規の電解質成分の調査や、SEI層の性質の制御・調整に使用できる犠牲電解質添加物の開発に利用できます。このような洞察は、充電式電池に基づく実現可能な高エネルギーストレージシステムの開発に不可欠です。
参考文献
[1] “The Electrochemical Behavior of Alkali and Alkaline Earth Metals in Nonaqueous Battery Systems- The Solid Electrolyte Interphase Model”, E. Peled, Journal of the Electrochemical Society, 126, 12, 2047-2051, 1979.
[2] “Electrolytes and interphases in Li-ion batteries and beyond”, Kang Xu, Chemical Reviews, 114, 23, 11503-11618, 2014
[3] “The Solid Electrolyte Interphase – The Most Important and the Least Understood Solid Electrolyte in Rechargeable Li Batteries”. M. Winter, Zeitschrift für Physikalische Chemie, 223, 10-11, 1395-1406, 2009.
[4] “Surface Sensitive NMR Detection of the SEI Layer on Reduced Graphene Oxide”, M. Leskes, G. Kim, T. Liu, A. Michan, F. Aussenac, P. Dorffer, S. Paul, C.P. Grey.