アプリケーションノート -  磁気共鳴

NMRを用いた大豆油の品質保証

はじめに

乳化剤は、農薬、バスアメニティー、化粧品、食品製造、製薬など、多くの産業で重要な役割を果たしています。これらは一般的に、複雑な脂質混合物の形をとっています。乳化剤に含まれる様々な脂質の相対的な割合が最終的な特性を決定するため、脂質の正確な組成を知ることで、その価値を高めることができます。これにより、特定の機能性を持たせるために脂質乳化剤を使用することが容易になり、また消費者の健康と安全を確保する上でも重要です。

脂質混合物を分析する技術は数多く存在しますが、理想的なものはありません。個々の手法には限界があるため、目的の特性を得るためには、一連の補完的な手法を採用しなければならないことが多々あります。これは時間と無駄の多い作業です。さらに、中には熟練した技術者が作業しなければならない手法もあります。

そのため、多くの産業分野で広く使用されている脂質乳化剤の正確な分析を、迅速、確実、かつ再現性良く行うための手法が求められています。

脂質混合物のアプリケーション

プロピレングリコール(1,2-プロパンジオール)エステルやモノおよびジグリセリドの混合物など、モノエステルやジエステルを高濃度に含む混合物は、価値ある機能性乳化剤となります1。乳化剤は、混合物中に分散した球の周りに膜を形成し、それらが結合するのを防ぐ、あるいは混合物中の界面張力を低下させることにより作用します。これらの作用は、本来分離しやすい2成分を混ざりやすくするのに有効です。このような乳化剤の市場ニーズは、欧米で高まっています。

プロピレングリコールモノエステルは、プロピレングリコールをエステル化またはエステル交換することにより製造されます。これらは、食品の特性を最適化するために、食品産業で広く使用されています。例えば、アイスクリームに乳化剤を添加すると、凍結の際にエマルジョンが不安定になります2。乳化剤の添加量と組成を管理することで、コーンへの分注に適した硬さのアイスクリームを作ったり、ボール状にすくい上げるのに適した硬さのアイスクリームを作ったりすることが可能です。プロピレングリコールモノエステルの添加量は0.3%以下であれば、アイスクリーム中の氷の再結晶を抑制するのに十分です3

プロピレングリコールエステルは、パンやケーキの材料を混ぜ合わせた時の状態を改善するために、製パン業務用の乳化剤としてジエステルと組み合わせて使用されることもあります。このような乳化剤の添加は、ケーキの膨らみと均一な構造に寄与し、生地強度に影響を与え、均一なクラムサイズを作り出すことによってパン生地の品質を向上させます2,4

求められる製品特性を得るためには、乳化剤の製造の際に、いくつかの変数について考慮する必要があります。これには、調製方法、乳化剤の添加量、エマルジョンを形成する相の化学的および物理的特性、およびエマルジョン中の他の機能性成分の存在などが含まれます。従って、乳化剤を正確に特性評価し、必要とする特性が達成されたことを確認することが重要です。

食品、飲料、医薬品、パーソナルケア製品、化粧品、農薬などの業界では、乳化剤を含む複雑な脂質混合物を正確に分析するための、迅速で信頼性と再現性の高いアプローチを見つけることが極めて重要です。

脂質混合物の分析

食品業界で使用される乳化剤の組成と純度は、その安全性と性能のために非常に重要です。栄養面や機能面での利点から、食品製造の原料としてプロピレングリコールエステルやモノおよびジエステル混合物の使用が増加しているため、グリセロール、プロピレングリコール、およびこれらの乳化剤混合物の他の成分(トコフェロール、植物ステロール、脂肪酸組成に関する情報など)の詳細な定性および定量を容易に提供できる分析法の需要が高まっています。

滴定や融点評価などのウェットの化学分析を用いた従来の方法は、安価でよく受け入れられていますが、大量の廃溶媒が発生し、熟練した分析者も必要です。最新の機器分析法では、少ないサンプル量、自動化が可能で、客観的で再現性のあるデータを得られるという利点があります。

ガスクロマトグラフィーや高速液体クロマトグラフィー(HPLC)などの分離技術は組成の決定に有用であり、核磁気共鳴(NMR)法、紫外・赤外分光法、質量分析法などは、詳細な構造情報を提供することができます。これらの技術は、複雑な乳化剤の特性を完全に把握するために組み合わせて使用されるのが一般的です。

NMRは、メチルエステル化や分画などの前処理を必要とせず、迅速に結果を得ることができるため、特に好ましい手法です5。また、HPLCのようにレスポンスファクターを求める必要がありません6。ヒマワリ油、オリーブ油、亜麻仁油の脂肪酸含量は、最適化された1H NMR法を用いて1分以内に決定されています7

大豆油のNMR分析

NMRは、最小限の試料調製で混合物の全成分を同時に非破壊で同定・定量でき、複雑な脂質混合物の分析に理想的な特徴を多く備えています。実際、脂肪酸組成の測定に有効な方法であることが既に示されています8,9。しかし、酵素アルコール分解反応後に精製せずに直接得られた脂質混合物をNMRで分析した研究者は意外にも少数です10

最近、NMRによる大豆油の定性・定量分析が行われています11。大豆油は、超臨界CO2系での酵素アルコール分解により、モノエステル体を多く含む複雑な脂質混合物に分解されました。最初の大豆油と大豆油の高モノエステル混合物(HMMS)の両方を、Bruker Avance III 500 NMRを用いて、グリセロールとプロピレングリコールのモノエステルおよびジエステル、トコフェロール、脂肪酸組成を分析しました。3 種類のNMR 核種、1H NMR,13C NMR,31P NMR を分析しました。

3種類のNMR核種で、HMMSの複合乳化剤を精製することなく分析可能でした。HMMSには飽和脂肪酸よりも不飽和脂肪酸が多く含まれていることが示されました。多価不飽和脂肪酸(PUFA)と一価不飽和脂肪酸の両方が検出されました。

プロトンスペクトルに比べてカーボンスペクトルの方が信号が分散し、モノおよびジエステルの特性評価と定量はより容易になりました。13Cに比べ、31Pではより高感度が得られています。

全体的に、31P NMRは、複雑な脂質混合物中の一部エステル化したグリセロールと遊離脂肪酸を正確に検出し定量するための高い再現性を備えた最も実用的な方法であることが証明されました。

参考文献

  1. Szela̧g H, Sadecka E. Industrial & Engineering Chemistry Research 2009;48:8313–8319. https://doi.org/10.1021/ie8019449
  2. Shaw J-F, et al. Food Chemistry 2003;81(1): 91-96.
  3. Goff HD, Hartel RW. In Mix ingredients; H. D. Goff &R. W. Hartel (Eds.) 2013: Ice cream (pp. 45–87). Boston, MA: Springer US. https://doi.org/10.1007/978-1-4614-6096-1_3
  4. Ahmad A, et al. Critical Reviews in Food Science and Nutrition 2014;54:208–224. https://doi.org/10.1080/10408398.2011.579697
  5. Merkle S, et al. Food Control 2017;73:1379–1387. https://doi.org/10.1016/j.foodcont.2016.11.003
  6. Dais P, et al. Analytical Methods 2015;7:5226–5238. https://doi.org/10.1039/C5AY00794A
  7. Castejon D, et al. Food Analytical Methods 2014;7:1285–1297. https://doi.org/10.1007/s12161-013-9747-9
  8. Barison A, et al. Magnetic Resonance in Chemistry 2010;48:642–650. https://doi.org/10.1002/mrc.2629
  9. Nagy M, et al. Fuel 2009;88:1793–1797. https://doi.org/10.1016/j.fuel.2009.01.020