今回の研究により、これまでは得られなかった分子レベルの証拠が提供され、二次細胞壁の三次元構造が明らかになりました。
二次細胞壁は、植物の生存に必須であり、植物バイオマスの大部分を占めています。二次細胞壁はセルロース、ヘミセルロースとリグニンから成ります。二次細胞壁の組織について入手できるわずかな分子情報に基づいて、セルロースミクロフィブリルの束は、キシラン・リグニン複合体に覆われグルコマンナンによって架橋されているという説が提唱されました。
リグニンは、植物の二次細胞壁を強化すると共に耐水性を持たせるという役割も果たす複雑な芳香族生体高分子です。リグニンのお陰で、樹木が物理的に安定し、樹木内で水分を遠くまで運ぶことができるようになります。しかし、リグニンはもともと化学的処理や酵素処理に対してセルロースを保護し、セルロースの分解を困難にするので、植物に不可欠なこの成分を製造や工業目的で植物原料として利用する際には、かえって障壁になります。そのため、リグニンの除去は、紙の生産やバイオマスからバイオ燃料を製造する上で重要なステップとなります。
細胞壁の構造を消化されやすくするように改変するため、遺伝子組換え植物に狙いを定めた研究が多数行われてきました。ただ、細胞壁のポリマーの構造や、リグニンと細胞壁の多糖と相互作用を持つという物理的性質が十分に解明されていないことから、こうした取り組みは現状なかなか進んでいません。
最新の研究は、新しいイメージング技術を用いて、リグノセルロースの構造に関する知見に重要な貢献をしました。動的核分極(DNP)法によって感度を向上させたBruker Avance分光計を用いた固体NMR(核磁気共鳴装置)により、そのままのトウモロコシの茎の分析が行われました。固体DNP-NMR法の分解能と感度は非常に優れているので、これまでの技術で得られるものより相当に大きなデータセットが得られました。また、試料の前処理が最小限で済むので、細胞壁の構造が乱されず、アーティファクトを生じることもありませんでした。
得られた画像から、これまで考えられていたようにリグニンとセルロースとの間ではなく、リグニンとキシランの極性モチーフとの間に十分な静電相互作用が認められることが明らかになりました。リグニンと束化セルロースの2つの疎水性コアは、構造依存的にキシランによって架橋されています。このため、リグニンはセルロース束を覆うのではなく、リグニンが自己凝集して、疎水性が高く絶えず変化する独特のナノドメインを形成します。このリグニン領域はキシランに対して広い接触面を持ちますが、離れたキシランとリグニンとの間に生じうる相互貫入はごく僅かです。キシラン構造が歪むとリグニンとの結合を選ぶこともわかりました。これは、凹凸のないキシラン配座異性体がセルロースに結合するというこれまでの所見とは対照的です。このように、今回の固体NMR研究で明らかになった細胞壁の構造は、現代の一般的な見解とは大きく異なります。
今回の研究で発見された新しい分子的特徴は、分子レベルでのリグノセルロースバイオマスの組織に関する知識を向上させます。この知識を活用することで、今後の研究によって、植物原料をバイオ燃料やバイオマテリアルにするための収穫後処理を最適化することができると期待されています。
参考文献:
Kang X,et al. Lignin-polysaccharide interactions in plant secondary cell walls revealed by solid-state NMR. Nature Communications 2019;Volume 10:Article number 347. https://www.nature.com/articles/s41467-018-08252-0#Sec9
Kang X,et al. Lignin-polysaccharide interactions in plant secondary cell walls revealed by solid-state NMR. Nature Communications 2019;Volume 10:Article number 347. https://www.nature.com/articles/s41467-018-08252-0#Sec9