モノクローナル抗体(mAb)は、バイオ医薬品業界の重点領域であり、医薬品開発の最も有望な分野の1つです。これらのタンパク質の遺伝子組換えによってほぼすべての抗原を認識する抗体が得られ、大量に製造することができます。
しかし、mAbはサイズが大きいことから、既存の手法によるmAbの高分解能三次元構造の決定は、これまでほとんど実現不可能でした。たとえば、核磁気共鳴(NMR)法では、共鳴のオーバーラップが非常に多く生じるので解釈が困難です。また、生体分子の二次元NMRでは、天然の13C および15N同位体存在度が非常に低いことから、通常は同位体標識が必要です。
mAbの構造は機能と密接に関連していることから、mAbの三次元構造の決定は安全性および有効性にとって極めて重要です。誤ったタンパク質フォールディングは好ましくない免疫応答などの副作用を引き起こす可能性があるので、品質管理が行き届いた状態でmAbの構造を検証することが強く要求されます。
Luke Arbogast氏のチームによる最近の研究は、NMR法の進歩が、この問題の解決策につながりつつあることを示しています。
この研究で研究チームは、RM8670というmAb候補物質の構造の「フィンガープリント」をとる方法としてメチル残基のみに注目しました。彼らは、ブルカーAvance III 900 MHz NMRを使用して同位体標識を行わずに実験を実施しました。これは、天然同位体存在度の分光分析の性能を向上させる先端テクノロジーである、三重共鳴クライオプローブを備えた分光計です。メチル基に注目したことも、15N同位体(0.37%)と比較した13C同位体(1.1%)の天然存在度の高さを利用するために有用でした。
gsHSQC(gradient-selected, sensitivity-enhanced異核種単一量子コヒーレンス法[HSQC])で既知の配列を用いたmAbの未処理試料の二次元NMRを実施した結果、研究チームはスペクトルピークの特定および解析に十分なクオリティのスペクトルを得ることができました。しかし、最適化実験の実施には12時間を要しました。
そのため、彼らはFab領域とFc領域に切断したmAbフラグメントについて再実験を行いました。その結果、実験の所要時間がわずか4.5時間になっただけでなく、これらのフラグメントから得られたスペクトルが未処理mAbのスペクトルと非常に類似していることも明らかになりました。研究チームによれば、これは切断したタンパク質フラグメントがNMR実験において未処理タンパク質の優れた代用物となることを示唆しています。
その後、研究チームは実験時間をさらに短縮できることを明らかにしました。彼らは、天然同位体存在比の分光分析をスピードアップさせる高速測定法と不均一サンプリング(NUS)を組み合わせて、時間短縮を達成しました。評価した6つの組み合わせのうちで最速だったのは、50%不均一サンプリングによる高速取得法SOFAST-HMQCを用いた場合の34分でした。
研究チームはこれらの結果をAnalytical Chemistry誌で発表しました。天然存在度の分光分析を容易にするクライオプローブなどの開発や高磁場強度の分光計の普及によって、NMRは品質管理が行き届いたツールとして従来よりはるかに実用性が増したと述べています。研究結果がこれを裏付けており、このアプローチはタンパク質構造評価のためにバイオ医薬品業界全体で様々な用途に利用できるはずである、と彼らは結論付けています。
参考文献