アプリケーションノート -  磁気共鳴

ESRの基礎

ESRは、磁気共鳴の中では感度と特異性が高い手法のため、様々な材料や化学サンプル、生体系の静態や動態の研究を可能にします。

フリーラジカルの解明

電子常磁性共鳴(EPR)としても知られている電子スピン共鳴(ESR)法は、不対電子(つまり常磁性体)を有する原子や分子を検出することによって、普通は目に見えない現象について様々な知見をもたらしてくれます。従来の分光法と異なるのは、ESRのみがその種の原子や分子を正確に検出して、偽陽性を排除することができるという点です。

ESRは感度と特異性の高い分光法なので、様々な材料や化学サンプル、生体系の静態や動態の研究を可能にします。

ESRの用途には次のようなものがあります。

  • フリーラジカルの検出、同定、定量
  • 分子の構造・配列・動態の精査
  • 生体系内原位置での標識種の観察
  • 酸化還元過程や反応速度などの把握

ESRは、有機/無機ラジカル、遷移金属錯体、金属タンパク質、ビラジカルなど、常磁性電子を有する化学種であればどんなものでも検出可能です。

フリーラジカルは、一電子移動反応により、自然界でごく頻繁に発生しています。多くの場合、遷移金属イオンは常磁性体です。次に示しているのは、日常生活においてごく普通に目にする常磁性物質のESRスペクトルの例です。

Here are a few examples of EPR spectra of paramagnetic substances you frequently encounter in everyday life.

ESRの長所

ESR分光計は、不対電子と結合している原子核の数と種類を直に測定することが可能です。NMRに効果的な改良が加えられており、ESRはどのような分析施設にも以下のような機能をもたらします。

  •  感度-最大でNMRの1000倍
  •  特異性-不対電子を含んでいる分子領域のみを検出
  •  高時間分解能-寿命の短い化学種であっても観察可能
  •  非破壊測定-サンプルを傷つけることなく追加分析が可能
  •  定量分析

1950年代に初めて市販されたESRは、現代レーダー技術の発展の恩恵もあって、以前に比べるとずいぶん利用しやすくなりました。卓上型ESRシステムは使い勝手が大幅に向上しており、その所有コストは低減しています。また、小型化されつつ、性能も向上しています。

ESRのメカニズム

ESRはNMRに似ていますが、決定的に異なる点があります。NMRが原子核の磁性を調べるのとは違い、ESRは不対電子の磁性を調べて測定を行います。(NMRの基礎を参照)

運動している荷電粒子である電子は、どれも磁気モーメントを帯びています。サンプル内の不対電子が磁場に置かれると、その磁気モーメントは磁場に沿うか反発する配列になります。外部磁場は線形掃引され、サンプルが一定周波数のマイクロ波照射に曝露されます。磁場とマイクロ波周波数がESR共鳴(または吸収)を生み出すのに「最適」になっている状態は、磁場に対する電子モーメントの方向が変化する共鳴条件として知られています。

特定の常磁性化学種は特有の「共鳴」周波数においてエネルギーを吸収しますが、磁場の強度によってその周波数は変化します。電磁石は比較的容易に幅広い強度を掃引するので、ほとんどのESR実験では、磁場強度に応じて吸収されるエネルギーの測定中には周波数を一定にします。実験結果の吸光度スペクトルからは、サンプル中の自由電子の有無や環境について詳細なことがわかります。

Change in the EPR spectrum for a nitroxide radical with increased measurement frequency. (Image by Mikhail Ryazanov [Public Domain], via Wikimedia Commons.)

作業工程の概略は以下のとおりです。

サンプル設置

サンプルは最小限の前処理を施した後、プローブヘッド内部にある「共鳴キャビティ(空洞)」にセットします。プローブヘッドは順次電磁石内に配置されます。ESRは多くの場合、一瞬の反応を捉えられるように、液体ヘリウムや液体窒素を冷媒として使用して低温環境で行われます。

データ取得

共振器は、マイクロ波の波長で共鳴する(マイクロ波エネルギーを蓄積して凝集させる)物理構造をしており、例えるなら音波で共鳴するオルガンのパイプのようなものです。適度なマイクロ波周波数と磁場を加えられたサンプルがマイクロ波を吸収する際に、マイクロ波が共鳴キャビティから反射されてESR信号が検出されます。

データ解釈

多くの分光法と違って、マイクロ波の吸収は1次微分スペクトルとして示されます。それは、ESRでは磁場変調とロックイン検出を行う技術を用いて、最高の検出感度と優れた信号分解能を実現しているからです。

A multipurpose EPR resonator

もし、サンプル中の自由電子がとりうる状態が、例えば「励起状態」(光子を吸収した後)と「緩和状態」など、2つしかないとしたら、ESRスペクトルを表すグラフは上記の理想形のように単一のゼロ交差波の形になるはずです。しかし実際には、複数の電磁力の影響で様々なエネルギー状態が発生する可能性があり、それに対応する線がESRスペクトルに表れます。そのパターンによってサンプル中に存在する化学種の詳細がわかります。ESRパラメーターの中でも極めて重要なものの一つである「g因子」には、電子の軌道角運動量とスピン角運動量間の相互作用が反映されます。超微細相互作用と呼ばれている電子と磁性核の相互作用からは、分子の構造と同一性について有益な情報が得られます。

Idealized absorbance data (top), converted to an EPR spectrum by taking the first derivative (below). (By Mikhail Ryazanov [Public domain], via Wikimedia Commons.)

ESRのアプリケーション例

常磁性化学種に対して独自の視点をもたらしてくれることから、ESRは様々な分野や産業の研究、開発、品質管理において貴重な存在となっています。以下のような例があります。

生物学/医学

  • 代謝機能に関連する金属タンパク質の研究
  • 活性酸素種(フリーラジカル)の形成と反応性の測定
  • スピン標識を使用した、膜タンパク質の研究やタンパク質・脂質相互作用の動態の研究

材料科学/物理科学

  • 金属酸化物内の結晶欠陥の同定
  • 半導体の開発と検査

化学工業/石油化学工業

  • 反応速度、触媒反応、光化学などの研究
  • フリーラジカル含有アスファルテン類の有無を確認するための原油のリアルタイム検査

食品や飲料の品質管理

  • 製品保存期間の追跡
  • 酸化・温度・光学に関する安定性の評価
  • 放射線照射食品に含まれるフリーラジカルの同定


参考事例

以下の記事でもESRのアプリケーション例を紹介しています。

  • Food Irradiation Control Using EPR
  • Freshly Brewed Research Reveals Coffee’s Antioxidant Power
  • Rapid, automated analysis for optimizing your beer’s shelf life

ウェビナーでも基本的な内容やアプリケーションをご覧いただけます。