「本研究により、ネットワーク構造と弾性アイオノマーの優れた弾性特性を持つゴムの運動性との間の特異な定性的関係が明らかになりました」
時間領域核磁気共鳴(TD-NMR)法は、磁場中に置かれた原子核の励起による特殊なNMR法の1種です。よく知られたNMR法では、励起された原子核が基底状態へ戻る際に放出されるエネルギーを測定するのに対し、TD-NMR法では、励起された原子核が平衡状態へ戻るまでに要する時間を測定します。TD-NMR法では小型の卓上型システムで容易に測定を行うことができ、原子分解能及び空間分解能ではNMRに及ばないものの、優れた分解能と高い再現性を持ちます。従来のNMRほど高価な装置を必要とせず、操作も簡単である上、より多様な試料を扱うことが可能です。
NMRにおける技術革新が可能にした、より高度な分析が好んで選択される中、TD-NMR法は長年にわたり見過ごされてきましたが、その利便性、価格及び携帯性が再び見直され、用いられるようになっています。TD-NMR法によって既に様々な構造研究において貴重な情報が得られており、現在焦点となっている、弾性アイオノマーに特有の物理的特性及び加工特性がいかにしてもたらされるかという難問の解決にも用いられています。
輪ゴムなどのエラストマーは、外力で大きく変形させた場合でも元の形状に戻る性質を持つ高分子です。このような弾性特性は、分子の運動性と共有結合による架橋の組み合わせによって得られます。エラストマーの強度向上の試みは常に破損率の上昇を伴うものでしたが、共有結合に代わりイオン結合を導入したエラストマーを開発することで克服されました。このイオン結合性エラストマーは、頑健性を損なうことなくより優れた強度を発揮します1。さらに、不可逆な共有結合に比べてイオン結合は簡単に切断することができるため、イオン結合性エラストマーにはより再生利用しやすいという特徴があります。
こうしたイオン結合性エラストマーに特異的な性質は昔から知られていましたが、数々の構造研究でもそれがいかにして得られるかを明らかにしたものはありません。その階層構造や鎖運動性、動的なイオン性相互作用が、イオン結合性エラストマーの正確な構造の研究をとりわけ困難で時間を要するものにしています。
近年、高度なTD-NMR法を複数併用することにより、弾性アイオノマーの構造詳細が新たなレベルで決定されました2。この研究では、安価で操作性の良いBruker社製minispec mq20 TD-NMRを用いて、酸化マグネシウム含有量の異なるカルボキシル化ニトリルゴムを分析し、併せて加熱によるネットワーク構造への影響を評価しています。
分析された高分子にはこれまでの手法では観察されたことのないイオンクラスターが含まれ、これによりイオン性基間の距離が縮まることで、イオンの凝集が高まりイオン間の相互作用が強まることが分かりました2。酸化マグネシウム濃度の上昇に伴って架橋形成が促進する一方、閉じ込められた高分子の割合に変化はなく、これが高い頑健性を維持しながら強度の向上を実現することにつながると考えられました。また、小規模イオンクラスターの数が増えることで動的な架橋形成の可能性を高め、これが強度の向上をもたらすことが示されました。温度の上昇に伴いイオン転位の動力学に変化が見られましたが、これにより低せん断条件下でのイオン結合性エラストマーの溶融、加工が可能となります。
この研究により、弾性アイオノマーの弾性特性の決定における架橋密度の重要性が明らかになりました。
参考文献: