北マリアナ諸島サイパンの太平洋島に渡った観測隊が、抗癌力の高い細菌性抽出物を発見しました。その抽出物の中にあった新規のアルカロイド化合物を核磁気共鳴(NMR)法を用いて調べました1。
カリフォルニア大学サンディエゴ校のChen Zhang博士らは2013年にサイパン島に渡り、ラウラウベイの浅瀬から、パープルピンクの糸状藻藍類Caldora penicillataを採取しました。その中の細菌性抽出物と化合物の組成や構造、毒性プロファイルを、生化学とNMR法を使って判定しました。そこで得られた知見がMarine Drugs 2017年4月号に掲載されました。
その色から名付けられたシアノバクテリアは青みがかった細菌で、光合成を利用し日光をエネルギーに変えて毒性化学物質を産生することが知られています2。太平洋の熱帯諸島は、これまでも多彩な生物学的研究の源であり、この領域で得たシアノバクテリアから多数の天然の生物活性産物が同定されています3 。サイパン島はこれまであまり研究対象とされてきませんでしたが、島の沖のサンゴ礁に沿って生息するシアノバクテリア内に強力な抗癌剤が発見されました4。
このcaldora penicillate の発見後、研究者らはシアノバクテリアの抽出物を調製してその中の化合物の特性を評価しました。この抽出物は、ブラインシュリンプモデルの系では細胞毒性があります。薬剤開発における抗癌作用のリーダー候補的化合物として、この毒性を生じる具体的な成分を解明するための取り組みが活発に行われるようになりました。この抽出物から、著者らは新しいチアゾリジン含有アルカロイド化合物、laucysteinamide Aを発見しました。
研究者らは、ブルカーALPHA-P FTIRとブルカー600 MHz NMRの最新技術を用いて、この新規化合物の構造と生物活性プロファイルを究明しました。
Laucysteinamide Aは、フィジーでシアノバクテリアから最初に単離された細胞毒性化合物である二量体分子somocystinamide Aの単量体構造類似体として発見されました5。Laucysteinamide A は 2R 絶対配座の形で存在することが同定されています。著者らは論文において、この化合物はいくつかのアミノ酸残基から論理的に派生し得ると記しています。そしてその結合は PKS/NRPS 経路を通じて生じるようだと述べています。NMRでの構造分析によって、この新規化合物の活性の可能性に関する手がかりが示されました。また研究の中でその毒性が推測されました。
Laucysteinamide Aの細胞毒性プロファイルは極めて微弱であると認められました(H-460ヒト非小細胞肺癌細胞株でIC50 = 11 µM)。構造的な類似度にもかかわらず、その毒性はsomocystinamide A に比べて著しく弱く(Jurkat白血病細胞株でIC50 = 3 nM)2、粗抽出物の細胞毒性の大部分は、シアノバクテリアによって産生されるとされてきた脂質curacin Dの存在に由来すると結論付けられました6。
この新規化合物は有力な抗癌剤候補ではありませんが、妥当な薬剤設計法によってその毒性プロファイルが改善されるかもしれません。重要なことは、この研究が、薬剤発見パイプラインにおいてNMRが使えること、また将来発見される天然の新規産物にNMRを使って、その治療可能性を判定し得ることを明らかにしたことです。
参考文献: