エマルジョンが石油化学工業で果たしている役目はとても重要です。原油やビチューメンは、水を添加することで粘度を下げることが可能ですが、収率向上にはエマルジョンが安定している必要があり、クリーミング(浮遊)の発生は厳禁です。このため、油田ごとに乳化剤の種類と量を決定し、配合を最適化する必要があります。あるいはまた、エマルジョンから石油を回収する解乳化プロセスを最適化すれば、収率の向上と汚染されていない水を残せる可能性があります。
ブルカーの卓上型TD-NMR分析装置は、幅広い用途に対応し操作も簡単で、単峰性の分布を持つ原油エマルジョンの粒径分布を測定したいという要求にすぐに対応できる装置です。油中に分散する水滴、水中に分散する油滴のいずれも測定可能で、サンプルの色や透明度に左右されません。
ブルカーの「minispec」は、サンプル全体に存在する水素原子のシグナルを数分で測定します。その後NMRシグナルを分析し、液滴内部に存在する分子(油または水)の制限拡散が計算され、ソフトウェアによる最終的なアウトプットとして、体積分率と数分率の両方の液滴径分布(DSD)を出力します。DSDを分子レベルで直接測定するため、光学的手法のように液滴の凝集の影響を受ける、ということがありません。
液滴と固体粒子
液滴と固体粒子は、外観が違っていれば区別は難しくありません。しかし、原油エマルション中の液滴と固体粒子は、視覚的もしくは光学的な手法では、試験中、似通って見えます。特に、砂粒と凝集した液滴とを視覚的な方法で区別するのはきわめて困難です。TD-NMRは、液滴内部の液体からのシグナルのみを検出し、小石や砂などの固体の粒子は検出しません。「minispec」装置で液滴径分布を測定するのに必要な条件は、材料の粘度がやや高めで、粒子相がほぼ静止しており、径の分布が単峰性であり、液滴相が少なくとも10%含まれること、です。
測定原理
時間領域(TD)NMR法は、液滴中の油および水分子の制限拡散という物理法則に基づいています。特殊な勾配シーケンスにより、油と水のシグナルは区別されますので、液滴相は選択的に調べることができ、特定のパルスシーケンス・パラメータを変化させて、ひと続きの勾配実験を実施することができます。得られたデータセットには液滴径分布の情報が含まれています。分布関数のパラメータはソフトウェアが自動的に決定しますが、この場合は、対数正規分布のパラメータを使用します。
装置の仕様
Minispec mq シリーズ(磁石間隔25または33mm)
ブロードバンド・トランスミッター
デジタルRFパルス減衰
Minispecパルス勾配ユニット(最大勾配4T/m)
20MHzプローブアセンブリ H20-10-25RVGX2 for mq20(磁石間隔25mm)または20MHzプローブアセンブリ H20-10-33RVGX2(磁石間隔33mm)
温度調節バス(230 V/50 Hz)、室温~100℃、磁石外でのサンプル調節用
温度調節バス(230 V/50 Hz)、室温~100℃、プローブヘッド調節用
10mm×20チューブ用結露防止付きサンプル調整アルミ・ブロック
minispecチューブ充填ツール
反強磁性デジタル温度計
Minispec ExpSpel 実験エディター
Minispec mq シリーズ、油水液滴径測定用ソフトウェア
データ分析の方法と得られる結果
液滴が球形で単峰性の対数正規分布をしていると仮定して、マーカート法もしくはシンプレックス法を使用して拡散減衰のカーブフィッティングを行います。この結果、自動で液滴の体積平均液滴径D3.3と正規分布の標準偏差σが数学的に求められます。このようにして、エマルジョンの液滴径分布に関する詳細な情報が得られます。
石油化学の原油エマルジョンから得られるデータの例
油中の水滴
原油中の水滴に対しては、通常、表1に示す結果と図1に示すような分布曲線が得られます。
図1には、X軸に液滴径dを、Y軸に液滴径dに対する相対頻度q(d)をプロットした頻度分布曲線を示します。頻度分布曲線を積分すると、液滴径d以下の液滴の比率を示す累積分布曲線Q(d)が得られます。
この例では、Q(d)の値は、最小液滴径dminに対して0、最大液滴径dmaxに対して100となります。
表1に示した原油中の水滴に対する結果からわかるエマルジョンの特徴は、以下の通りです。
D3_3 個数分布。50%の液滴が24.3μm以下(以上)の径であることを表します。
D0_0 体積分布。体積の50%の液滴が10μm以下(以上)の径であることを表します。
個数分布と体積分布から得られる値が大きく異なっていますが、これは、小さな液滴は数量が非常に大きくてもトータルの体積にはあまり寄与せず、大きな液滴は数多く存在しなくても占有する体積が最大となると考えると理解できます。
例えば、d=10μmの液滴ひとつの体積は、d=1μmの液滴1000個の体積と等しくなります。これを分布パラメータで表現すると、個数分布の幾何平均径(d50,0)は体積分布の幾何平均径(d50,3)よりも小さい、となります。
σとeσ σは正規分布する液滴径分布に関連する数字です。中央から左右に1σの範囲には84.1%の液滴径が、中央から2σの範囲には97.7%がエマルジョン中に含まれることをあらわしています。なお、この数字は対数表示であることにご注意ください。この例でσは0.53ですが、線形表示にするとe0.53= 1.70μmとなります。
パラメータσは、エマルジョンの不均一さの評価に用いる重要なパラメータです。σが大きいほど液滴径が不均一(広がりが大きい)ことを示します。eσはσの対数表示から線形表示への変換です。
表1には分布の境界値も表示されています。この例では、2.5%、50%、97.5%の液滴の径が、該当する欄に表示された数字よりも小さいことを示しています。この例では、それぞれ、8.59μm、24.28μm、68.63μm、となります。
最後の欄には自由水が表示されています。このオプションは水滴の測定でのみ利用可能で、計算により、自由に拡散している水、すなわち、液滴として捉えられなかった水の比率を求めたものです。
水滴の測定には油抑制の値が必要です。このため、エマルジョンを作るのに使った純油のT1緩和を決定することが重要になります。これは、装置に含まれているT1反転回復実験で測定することができます。カーブがゼロと交差する点の時間を、ソフトウェアの条件設定表(application configuration table)中の油抑制遅延(oil suppression delay)の欄に入力します。
この例では油抑制遅延は60msです。図2に例を示します。
水中の油滴
油滴の分析は水滴の場合と同じですが、自由水の計算のオプションは使用しません。また、原油の油拡散係数を使って液滴径分布を計算します。このため、測定には純油サンプルの拡散係数の測定も含まれます。
水中の原油液滴についての測定例を表2に、分布曲線を図3に示します。
表2に示した水中の原油液滴に対する結果からわかるエマルジョンの特徴は、以下の通りです。
D3_3 個数分布。50%の液滴が5.36μm以下(以上)の径であることを表します。
D0_0 体積分布。体積の50%の液滴が2.9μm以下(以上)の径であることを表します。
σおよびes れらのパラメータは、水滴の分析のところで示したように、正規分布の特徴を説明するものです。上の例でsは0.45、線形表示ではe0.45 = 1.57μmとなります。
最後に、分布の境界値は、水滴の分析で説明したのと同じ順に、それぞれ、2.22μm、5.36μm、12.93μm、が得られています。
原油エマルジョン水中の油滴を分析する場合の代表的なソフトウェアの条件設定表(application configuration table)を図4に示します。
水中の油の例と油エマルジョン中の水の例を比較すると、σの値が近いことから、いずれのエマルションも不均一性に関しては似たような分布を持っていることはあきらかです。しかし、油滴の径のレンジは、水滴と比べると、はるかに小さくなっています。
この測定法は、時間経過に伴うエマルションの変化や、クリーミング(浮遊)その他の時間依存のプロセスの研究に活用したり、簡便に、エマルジョン化に使う乳化剤や解乳化に使う界面活性剤の量の最適化に使用することも可能です。