ラマン分光法は、単色レーザー光の放射から始まります。レーザー光が、試料に照射されると散乱が起こります。この散乱光の大部分はレイリー散乱光となり、ごく一部の散乱光はラマン散乱光となります。このうち、化学分析に役立つ情報を含む光はラマン散乱光のみであるため、すべての散乱光をフィルターに通すことでレイリー散乱光が除去され、残りのラマン散乱光だけが分光部に送られます。
次に、レーザー光と相互作用した試料に関する情報を取得するために、ラマン散乱光は回折格子を用いて分光されます。ラマン散乱光が回折格子に照射されると、波長ごとにわずかに角度を変えて反射されます。これは、反射光の角度が、光の波長と直接関係しているためです。
分離された光は、最後にCCD検出器に到達します。このとき、回折格子から反射された光は波長ごとに異なる角度で進むため、検出器上の異なる位置に到達します。検出器はその情報を取得し、ラマン散乱光を「写真」として記録し、最終的にラマンスペクトルが生成されます。
すべての試料に対して万能なラマン測定条件は、残念ながら存在しません。 実験系に合わせてレーザーや回折格子を選択したり、異なる種類の検出器をセットアップすることがよくあります。試料の性状や測定の目的が異なるため、これらのコンポーネントを調整することで、毎回、高品質のスペクトルを取得できるようになります。
ラマン分光法で最も一般的に使用されるレーザーは、532nmの緑色レーザーで、低コストな上、優れた感度を提供します。レーザーの波長が短いほど感度は高くなります。したがって、非常に高い感度が要求されるような測定の場合は、その代わりにより高価な488nmの青色レーザーが使用されることがあります。
しかし、レーザーを選択する際に考慮する要素は感度だけではありません。波長が短いレーザーを使用した場合、ラマン散乱光とともに、試料の蛍光を発する可能性が高く、ラマンスペクトルの取得を妨害します。したがって、532nmのレーザーを使用したときに試料が蛍光を発している場合は、785nmの近赤外レーザーの方が適していることがあります。785nmのレーザーは多くの試料において蛍光を発し難いため、多少の感度は犠牲になりますが、ほとんどの測定に対応できる汎用性の高いレーザーです。
但し、波長が長いレーザーはより多くの熱を発生する傾向があるため、試料にダメージを与える可能性があります。これは、レーザーの出力を下げることで軽減できますが、残念ながらラマンの感度はさらに低下します。そのため、一部の実験では中間の633nmのレーザーを用いることがあります。
488 nm | 532 nm | 633 nm | 785 nm | |
感度 | ✔ | ✔ | ✘ | ✘ |
コスト | ✘ | ✔ | ✔ | ✔ |
蛍光 | ✘ | ✘ | ✔ | ✔✔ |
熱 | ✔✔ | ✔✔ | ✔ | ✘ |
ラマン分光器内の回折格子は、ラマン散乱光がCCD検出器に到達する前に、異なる波長の光を空間に拡散させます。 回折格子の線数を変えることで、光の広がり具合を調整することができます。 線密度が高い回折格子、つまり格子上の 1 mmあたりの線の数が多いほど、光の広がりは大きくなります。
光の広がりを制御することで、ラマンスペクトルの測定領域が変わります。全範囲 (100 ~ 3500 cm-1)を全て測定するためには、広範囲の波長のラマン散乱光を取得する必要があります。線密度が低い回折格子は光をあまり広げられないため、より広い範囲の光が検出器に到達できます。線密度が低い回折格子が必要になるのはこのためです。
スペクトルの一部を細かく調べるには、より高い線密度の回折格子が必要になります。これは、光をさらに広げることができるため、 より高いスペクトル分解能を備えています。全体的に検出器に到達する光は減少しますが、スペクトルの特定の部分をより詳細に調べることができます。
ラマン測定において、レーザーを変更したときに、回折格子も変更する必要がある場合があります。試料のラマンシフトは常に同じですが、レーザーの波長は、検出器に到達するラマン散乱光の波長に影響を与えます。
波長の短いレーザーを使用した場合、そのラマン散乱光はレーザーの波長に近い散乱光となります。したがって、検出器全体に光を広げるためには、線密度の高い回折格子が必要になります。一方、波長の長いレーザーを使用した場合はその逆で、散乱光がより広がるため、線密度の低い回折格子を使用する必要があります。
回折格子は非常にデリケートで、溶剤や指紋の油に触れると簡単にダメージを受けてしまうため注意が必要です。幸いなことに、最新のラマン分光計は、ターレット上に種類の異なる複数の回折格子が搭載されており、自動的に切り替えることができます。
また、回折格子を交換した後は、必ずラマン分光計の校正を行う必要がある。これは、回折格子のターレットが常に同じ場所に回転するとは限らず、回折格子から反射された光が検出器のわずかに異なる部分に照射されてしまう可能性があるためです。この点を考慮して分光計を校正するには、既知のピークをもつ参照試料を測定します。典型的な参照試料は、ネオン、アルゴン、水銀ランプです。
ラマン測定の最適化は、バランスゲームと言えます。レーザーの波長によって、長所と短所があります。また、スペクトルの分解能を上げる回折格子やその他のコンポーネントを分光計に選択すると、通常は感度が低下します。しかし、これらの要素をすべて念頭に置いてセットアップすることで、さまざまな試料に対して高品質のスペクトルを得ることができます。